ヴァルハラの導き
1508年5月5日
「ふむぅ…この子達が入団を希望しているとな…?」
腕組みをした左手で顎をさすりながら、何とも悩ましげな表情で唸る武骨な男。
見たところ30代半ばに思える落ち着き払ったこの武人、実はまだ20代半ばの青年なのだが、既に幾多の修羅場を潜り抜けて来た貫禄とその風貌からは抜き身の刃の様な雰囲気を放っていた。
隣に座る兄弟分のケットシーと並び、正座をしているシャナ達の前に胡座をかいて座りこんだ彼は再び口を開いた。
「儂がヴァルハラ旅団の団長、フリッツ・ギュンターじゃ。」
フリッツの名乗りに対し、あまりの緊張からかシャナは隣のケットシーと同様に尻尾がピンと立ってしまう。
そう、今まさにその名を売り出し中の傭兵集団、旅団を名乗るにはまだまだ規模は小さいが少数精鋭で頭角を現してきているヴァルハラ旅団への入団を希望し、シャナ達はここに座っているのだった。
フリッツは旅団を共に立ち上げた相棒たる赤髪の美女から目の前にいる包帯だらけの2人が今ここにいるいきさつは聞いていた。
何でも彼女が森の中の水場で水浴びをしていたところ、巨大な熊に襲われ逃れ来た2人のケットシーを助け、傷の手当ての為に旅団の駐屯地へ連れて来たと言っていた。
しかし、手当てをした後には大人しく帰るものと思っていたこの2人が何を思ったのか旅団への入団を希望してきたという事だった。
兄弟分だというこの2人のケットシー。人の姿をとる亜麻色の髪の少年を見る限りはまだ子供、いや、ケットシーでは子供と見分けはつかないだろうと年を問えば今年成人を迎えるという。
自分達を助けてくれた美女の強さに惚れ込み旅団に加えて欲しいとの事。
雑用でも何でもするからと懇願する2人を見てフリッツの口が開いた。
「むぅ…もう大人になるというのであればやぶさかではないが…まがりなりにも儂らは傭兵。武人として働けぬのでは養う事も出来んからのぅ…」
こうしてフリッツは2人の入団試験という名の腕試しをさせる事にした。
模擬戦という形で2人同時にフリッツが相手をする事となり…
数分後、フリッツに打ち倒されたシャナともう1人のケットシーは不合格かと沈んだ表情で座りこんでいた。
少年達と手合わせをしたフリッツは熊に襲われ逃げ戸惑っていたとの相棒の報告からは想像もしていなかった2人の鋭い撃ち込みと身のこなしに正直驚いていた。
恐らく熊に襲撃された際は得意の得物を持ち合わせていなかった事とケットシー特有の驚きによる硬直でもあったのであろう。
槍を扱うと言った人型の少年は、まだまだ磨く必要はあるが基本に忠実なタイプで基礎をしっかりと積んでいて光る物があった。
剣技が得意という赤毛の猫型の少年は変則的な動きと天性の俊敏さが目立つが幼い頃から武術を叩き込まれているのがわかる。
面白い…
「合格じゃ…荷物を纏めたらまたここに来るがよい。」
落ち込んだ様子だったシャナ達は聞き間違いか?といった表情でフリッツを見返し…
自分達を熊から救ってくれた赤毛の美女から肩を叩かれ
「良かったな。彼はそう簡単に合格は出さないんだぞ?」
と告げられ初めて理解したのか、互いの顔を見合わせ抱き合って喜び合った。
「こんな所で思わぬ拾い物だったな、フリッツ。」
「ああ、しかも原石が2つも見つかるとはのぅ…これもヴァルハラの導きじゃろうて…」
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