その祭りを数日後に控え、祭りの開かれる場所へと移動を続けるガルゥシャ族の一氏族【狼の氏族】の野営地にて…
一日が終わろうとする夕暮れ時。
城塞都市で生きる者達にとっては一度とて見る事無く生涯を終える事の多い本物の太陽。
真っ赤に燃え盛る焔の様な日暮れを背に、狼の氏族の子供達が元気よく遊びまわっていた。
そんな中、数人の大人たちが狩りから戻って来た。
木製の棒にくくりつけられた鹿を二人がかりで担ぎ戻ってくる。
どうやら大物を仕留め帰って来たようだった。
狩人達はたちまち歓声を上げる子供たちに囲まれる。
狩人達もまた誇らしげに子供達の頭を撫でている。
野営地の中心まで獲物を運ぶと、狩人の一人、腰まである黒髪を細く綺麗に編み込んだ青年が族長に狩りの成功と皆の無事を告げる。
今回の獲物を仕留めた功労者たるこの若者は精霊祭へ捧げる更なる大物を仕留めてみせると皆に声高らかに宣言する。
部族の皆もその声に応える様に歓声を上げ、狩りの成功を祈り宴の準備に取り掛かる。
そして数刻の後…
狩りの成功を祝い一族の者達は火を囲み宴を始める。
狩人の若者を本日の主役とばかりに子供達や若い娘達が取り囲み、狩りの話を聞かせて欲しいとせがんでいる。
狩人の若者が得意げにこの日の狩りの話をしようと腰を下ろし子供達を見まわした時だった。
若者を取り囲む子供達の中でも一際小さな幼子が若者に向かって叫んだ。
『あしたかりにいったららめなの!!』
突然の事に若者だけでなく、周りにいた子供達や娘達も驚いた様子で声の主に視線が集まる。
年は2つか3つといったところだろうか…夕日の様な紅い髪が印象的なその幼子は、狩人の若者の瞳を真っ直ぐに見つめながらもう一度叫んだ。
『かりにいったららめー!!』
幼子のあまりの高揚ぶりに皆きょとんとして声を掛けることさえできずにいた。
『おいおい、どうしたんだ坊や?
祭りの日は近いんだ、もっと大物を仕留めておかないと祭りの時に狼の氏族の武勇を示せないだろ?
お兄ちゃんは狩りが得意なんだ、心配いらないから楽しみに待ってろって。』
狼の氏族の中で一、二を争う狩りの名手たる若者は幼子に言って聞かせる。
『ちがうの!
あしたもりにいるおめんつけたくまさんにばしーって、
あかいのがどばーって!!』
『明日狩りに行ってはならん!』
幼子がなおも若者が狩りに行くのを止めようと叫ぶと重ねるように重厚な声があたりに響く。
火の周りに集まっていた全員が一斉に声の方に振り返る。
声の主は狼の氏族の呪術師の翁だった。
『ふぉっふぉっふぉ…
おぬしにも見えたのじゃな…?
あの瞳に終焉が…』
そう呟くと紅い髪の幼子を抱き上げた。
『よいな、これは精霊の御心じゃ。
明日、森へ立ち入ることは何人たりともまかりならん』
再度、集まった者達に告げると幼子を抱きかかえたまま自らのテントへと向かい歩き出した。
『むぅ…おぬしは…
そうか…あの牙王の子か…
生まれながらにして終焉を視る力を持つとは…
血は争えんな…ふぉっふぉっふぉ…』
誰に聞かせるわけでもなくそう呟くと幼子の頭を優しく撫でると
『おお、そうじゃった…
誰か!わしのテントに牙王を…
この子の親父に来るよう伝えてくれ…』
そう言い残してその場から立ち去った。
『あの坊主…
牙王…狼の氏族最強の戦士の子だったのか…
それにしても、おじじまで明日の狩りを禁止するなんて…』
-牙王- 狼の氏族において認められた者のみがその称号で呼ばれる最強の証
翌日…
牙王と呼ばれる紅い髪の幼子の父親が呪術師の翁と数名の戦士と共に森から巨大な熊を仕留め野営地に帰ってきた。
森への立ち入りを禁止した翁自身が、選ばれた数名の戦士を引き連れ熊を仕留めてきた真の理由を知る者は少ない…
[0回]
PR
COMMENT